'épisode de la Principauté de bavoletful バボレフル公国とは
2026/06/07 15:40
※今回「オリジナル Doigtrie ORIGAMI bag kit」の発売にあたり、
背景となる『バボレフル公国』のエピソードのご紹介が遅くなってしまいました。
そのため、まずは「バボレフル公国とは」そして、
商品に関連するリンクしたエピソードから先行してご紹介いたします。
L'épisode de la Principauté de bavoletful
バボレフル公国とは
1735年、この時期のフランスとルクセンブルク(当時はオーストリア領ハプスブルク帝国の一部)の国境地は、ヨーロッパ全土を巻き込んだ「ポーランド継承戦争」の最前線となっていました。この「国境線の引き直し」の混乱に乗じて、ブルボン家の血を引く若き公爵、ルイ=フェルディナン・ド・バボレフル(Louis-Ferdinand de Bavoletful)がフランスとルクセンブルグの国境、アルデンヌの森に、フランス・プロイセン・ルクセンブルグの緩衝地帯として、中立の「バボレフル公国」建国を宣言。
軍隊を持たず、各国の外交の場や条約締結の場を提供し、絵画や舞台、芸術文化を愛する「永久中立の華やかな芸術の都」としてその尽力を認められ、初代バボレフル公国大公として、ヨーロッパ各国から独立を勝ち取りました。
ですが・・・
バボレフル公国は19世紀初頭にこの世の地図と言う地図から、そしてヨーロッパ諸国の歴史を語るあらゆる書物から跡形もなく消えてしまいました。今では公国が存在したとされるフランスとルクセンブルグの国境に広がるアルデンヌの森上空を飛ぶ旅客機も、ドローンでさえ、公国の姿を目視で確認する事すら出来ません。バボレフル公国行きのGTVももちろんありません。しかし公国への道は完全に閉ざされたわけではなく、「永久中立の華やかな芸術の都」は依然として存在しています。
Mon Printemps/「モンプランタン」つばめ
冬が終わり、少しずつ朝の訪れが早くなってくる3月中旬になると、公都の人々は「一番つばめ」がやってきて春の訪れを告げるのを心待ちにします。それは親しみをこめて「モンプランタン (私の春 Mon Printemps)」と呼ばれる1羽のつばめで、毎年先陣を切って1羽で飛来し、教会の尖塔に舞い降りて声高らかに春の訪れを告げるのです。その際モンプランタンは公都の人々にささやかな贈り物を運んで来る事を忘れません。それは公都にはない珍しい花や果物の種、樹木の枝などで、教会の侍者が大切にそれらを受け取り、堂守り達と共に協会の中庭にある温室で大切に育てます。そのため教会の中庭は色とりどりの花で溢れ、枝を伸ばした木々にはたわわに果実が実り、ガラスの温室にも異国の花々の甘い香りが漂います。そして日曜日ごとに開放されるその中庭は公都の人々の憩いの場になっています。
またモンプランタンが春を告げたその日から、教会近くのパティスリーではモンプランタンの型取りをした焼き菓子が焼かれ、ブイヨンやビストロでは石畳の広場にテーブルを引っ張り出して、季節最後のヴァン・ショーを楽しみます。そして、しばらくの間、モンプランタンのブローチやハットピンが公都の人々のトレンドとなり(毎年デザインは変わります)、公国一と言われるテーラーのジャック・ドゥ・モンソーは毎年この日以降、モンプランタンを象徴するブルー「Bleu de mon printemps」の青いシルクのジャケットを、顧客の注文が途絶える春の終わりまで仕立て続けます。

Le Grand-Duc dansant/「踊る大公殿下」
それは1924年の10月の夜の出来事。
公国のある地方の町のブラッスリーでたくさんのお客がワインや食事を楽しんでいた時、シャンソン歌手の歌が終わると、次に一人の男性が拍手と共にステージに上がりました。手入れの行き届いた口髭と口元だけが覗く黒いベルベットの仮面を着け、白い絹のクラヴァットに黒いジュストコールジャケットという上品で古めかしい出で立ちが客の注目を集めます。男性がお辞儀をするのを合図として、共にステージに上がったハープシコード奏者がメロディーを奏で始め、男性はこの時代にはもうお目にかかる事のないワルツとバレエをあわせた優雅なスタイルのダンスを踊り始めました。1920年代と言えば、このころの公国はチャールストンやタンゴが流行していた時期ですが、それとは対照的にゆったりとして、ステップや指の先まで美しい所作の珍しさに観客は心を奪われます。グラスがぶつかる音や、カトラリーがお皿に触れる音すらしんと潜まり、ブラッスリーにはハープシコードの音だけが響きます。
やがて男性の動きが止まり、拍手の中で始まりを告げたと同じ優雅なお辞儀と共に男性はステージを去って行きました。
この話がちょっとした騒ぎになったのは翌日の事。なぜならその男性がダンスを披露したのは、アルスト・ド・バボレフル大公夫妻が公式行事でこの地方の町を訪れた、その夜の出来事だったからです。さらに、その男性が躍ったダンスは貴族の男性のたしなみとして、高い社会的ステータスを誇る「バロックダンス」と判明し、そのブラッスリーにその時間居合わせた人は、地元の新聞社のインタヴューを受けて初めて、まさか優雅なダンスを披露したあの男性が大公殿下だったのかと驚いていたようですが、真実は分からないまま。
それから何年か後、隣りの市に大公殿下がお出ましになった時、市長がこの出来事をそっと大公殿下に伺ってみたところ、いたずらに微笑みながら、無言のまま口髭の先をつままれた…との事です。大公殿下がお答えにならなかったので、謎は謎のままですが、このブラッスリーは、ちゃっかりとレジスターの後ろの壁に大公殿下の肖像画を掲げると「バロックの夜」というカクテルを夜のメニューに加え、今でも「踊る大公殿下」の店として賑わっています。

Le fil d'argent/「銀の糸」
リボンのヴィーナスと「М&T」
1993年の秋、地方の都市でアパレルデザイナーをしていた私は、やっと取れた休暇でパリを訪れていた。初日から精力的に動き回り、3日でトランクに詰め切れない程の生地やアンティークの陶器を買い込み、最終日は美術館巡り。ティータイムを兼ねた、午後のルーブル美術館で私がミロのヴィーナスの前で白い滑らかな大理石の曲線を見上げていた時、
「アロー。急に話しかけてごめんなさい。ねぇあなたのこのバック素敵!オリガミみたい。これはドワトリ―?あなたの?」
そう話し掛けられ驚いて振り向くと、私の後ろに二人の青年が立っていた。一人は栗色の巻き毛が可愛らしい、まだ少年の様なあどけない顔立ち。トレンチのハーフコートの下に、くすんだ赤いギンガムチェックの短い巻きスカートを履いている。もう一人の青年は背が高くエキゾチックな雰囲気。黒いコートにジーンズ。短髪の黒髪に黒縁の眼鏡。
「Oui ええ、これは私の。」
「あ!ねぇ、このバックに描いてあるのヴィーナスだよね、ちょっとだけ人間みたい。Oh, c'est trop mignon ! めちゃ可愛い!もしかしてあなたが描いたの?」
「家にあるヴィーナスのビュストなんだけど、そのままではなくて…」
「ワカル!もとのモデルはこんな人かなって想像しちゃうんだよね。」
「C'est génial ! やわらかな、ちょっと人間みたいな感じが素敵だね。きょうは本物のヴィーナスを見に来たの?」
背の高い彼が栗毛の後ろからのぞき込む。
栗毛の彼が素敵と言ってくれたバックは長方形の布を折りたたんで正方形に、更に三角にした物の角を開口部にして、そこに取っ手を付けたシンプルな物だった。そこから彼は、どうやって生地を折りたたんでるの? ここだけ縫えばいいの? 中に何を入れてるのよと興味津々。
「あ、ごめんなさい。僕たちテキスタイルデザイナーなんです。僕はマイロ、こちらはタレク。こういう丁寧に作られた布もの大好き!」
笑うと目が無くなる人懐こい笑顔は今でも変わらない。歳を取った今でも。
「日本から来たの?アパレルデザイナー?あ、そうなんだー! じゃ、もしかしたら一緒に仕事が出来るかも。僕たちのデザイン気に入ったらオファーしてね。」
まったく人見知りしないマイロに、私もずっと笑顔のまま。その時マイロが口にした、
「ねぇ、ふと思ったんだけど、このヴィーナスにリボンを付けたら素敵じゃない? 微妙な匙加減でいのちを注ぎ込むというか…モデルになった女性の素顔が見えてくるような…」
リボンを頭にのせたヴィーナス。そのアイデアは「M&T」と「bavoletful」の初コラボであり、今では私の店の看板となっている。懐かしい昔話。だけど、彼らがおとぎ話の様な国の住人だったと知るのは、この後何年か経った後の事だった。

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